東京・駒場のキャンパスが、冷たい冬の空気を切り裂くような熱気に包まれました。 2025年2月12日から14日にかけて開催された、東京ウグイスシラギク国際大学(TUSU)の年度末成果発表会「TUSU Final Showcase 2024」。そのメインステージで、ある一つの学生プロジェクトが、来場した企業関係者や研究者たちの視線を釘付けにしました。
情報理工学部(MSc in CS & AI)と芸術工学部(BFA in Interaction Design)の学生による合同チーム「Project KISEKI(軌跡)」が発表した、**「江戸切子職人の熟練動作における『揺らぎ』のAI解析と、ハプティクス(触覚)技術を用いた技能継承システム」**です。
伝統工芸が抱える「継承」の危機
プロジェクトの発端は、芸術工学部の学生がフィールドワークで訪れた、東京都墨田区にある老舗江戸切子工房での会話でした。 「今の若い子に『ここをもう少し深く削れ』と言っても伝わらない。私の手には数十年の感覚があるが、それを言葉にするのは難しいんだ」 工房の親方は、そう嘆いていました。
いわゆる**「暗黙知(Tacit Knowledge)」**の問題です。 日本の伝統工芸を支えてきた職人たちの高度な技術は、マニュアル化できない身体感覚に依存しています。少子高齢化が進む中、この「言葉にできない技術」をいかに次世代に残すか。それは工芸の世界だけでなく、日本のモノづくり全体が直面している深刻な課題でした。
異なる言語を話す学生たちの衝突
この課題に対し、TUSUの強みである「文理融合」のアプローチが試みられました。しかし、道のりは決して平坦ではありませんでした。
プロジェクトリーダーを務めた情報理工学部修士2年の佐藤ケンジさんは、当時の苦労をこう振り返ります。 「最初は、職人さんの腕に高精度のモーションセンサーを取り付け、角度や速度をデータ化すれば再現できると甘く考えていました。しかし、得られたデータをロボットアームに入力しても、ガラスは無残に割れるか、光の屈折が鈍い、魂の入っていない作品にしかなりませんでした」
一方で、芸術工学部のメンバーは「数値」ではなく「感覚」を重視します。 「職人さんが大切にしているのは、正確な角度だけではなく、ガラスの厚みやその日の気温に応じた『呼吸』のような微調整なんです。エンジニアチームが出してくるグラフには、その『揺らぎ』がノイズとして処理されてしまっていました」(芸術工学部4年・高橋リエさん)
夏休み期間中、チーム内の雰囲気は最悪でした。データを信じるエンジニアと、感覚を信じるデザイナー。双方が互いの専門用語を理解できず、プロジェクトは一時、空中分解寸前まで追い込まれました。
ブレイクスルー:AIが発見した「美しいノイズ」
転機が訪れたのは、11月。研究室のGPUクラスターを用いた深層学習モデルが、あるパターンを発見した時でした。 これまで「エラー」や「手ブレ」として除去していた微細な振動の中にこそ、ガラスの表面を最も美しく輝かせるための特有の周波数が隠されていたのです。
職人は、無意識のうちにガラスの硬度を感じ取り、ミクロン単位で切削圧力を「揺らして」いました。AIはこの「美しいノイズ」こそが熟練の正体であると突き止めました。
チームはこの解析結果をもとに、視覚的なグラフではなく、手袋型のデバイスを通じて振動(ハプティクス)で初心者に「正解の削り心地」を伝えるシステムを開発しました。 実際にこの手袋を着用してガラスを削った体験者は、「まるで誰かに手を添えられて導かれているような感覚」と驚きの声を上げました。
駒場から、世界の「マイスター」へ
発表会のデモンストレーションでは、実際に墨田区の親方が登壇しました。学生たちが開発したシステムを見て、親方は少し照れくさそうに、しかし確かな満足感を浮かべてこう語りました。 「まさか、わしの『勘』がこんなふうに画面に映るとはな。これなら、孫にも教えられるかもしれない」
この研究発表は、会場の投票によって選ばれる「TUSU President’s Award(学長賞)」を満場一致で受賞しました。 審査員を務めた大手電機メーカーの役員は、「単なるデジタルアーカイブではなく、人間の身体性を拡張する『人機一体』の技術として、医療やスポーツ分野への応用も期待できる」と高く評価しました。
「Project KISEKI」のメンバーは、卒業後もこの研究を継続し、大学発ベンチャーとしての起業を予定しています。彼らの視線は、すでに江戸切子だけではなく、陶芸や漆塗り、さらには外科手術の手技など、世界中の「失われゆく技術」に向けられています。
テクノロジーは、伝統を破壊するものではなく、伝統に新たな光を当て、未来へと繋ぐための「器」となる。 駒場の丘で生まれたこの小さな革新は、TUSUが掲げる「伝統と革新の共生」という理念が、単なるスローガンではないことを証明しました。
(文:TUSU広報室)

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