2025年3月10日 カテゴリー:社会実装・キャンパスニュース
春の訪れを感じさせる暖かな日差しが差し込む駒場キャンパス。しかし、環境都市工学部のラボ「Urban Eco-System Lab」の中は、真夏のような熱気に包まれていました。 本日、東京ウグイスシラギク国際大学(TUSU)は、本学の学生チーム「Team Zephyr(ゼファー)」が開発した都市微気候シミュレーションモデルが、渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクト「渋谷サクラステージ・ネクストフェーズ」の緑地計画における基幹アルゴリズムとして正式採用されたことを発表しました。
学生の研究が、コンペティションの受賞に留まらず、実際の都市インフラとして実装されるのは、日本の大学教育において極めて稀なケースです。
「体感温度マイナス3度」への挑戦
プロジェクトが始動したのは、2024年の4月。 「渋谷は谷底のような人混みで、夏場は息ができないほど暑い。これをエンジニアリングで解決できないか」 環境都市工学部3年のリーダー、長谷川ソウタさんの素朴な疑問がきっかけでした。
渋谷はその地形上、熱がこもりやすい構造をしています。チームが目指したのは、ビル風を「害」ではなく「冷却装置」として利用する逆転の発想でした。 しかし、都心の複雑なビル群を吹き抜ける風の動きを予測するには、膨大な計算リソースが必要となります。
ここで手を組んだのが、大学院情報理工学研究科(CS & AIコース)のメンバーでした。 彼らは、TUSUが保有するGPUクラスターを活用し、渋谷エリアのデジタルツイン(仮想空間上の双子)を構築。流体力学(CFD)シミュレーションとAIによる深層学習を組み合わせ、数万通りもの「植栽とベンチの配置パターン」を解析しました。
綺麗事だけでは、街は作れない
しかし、道のりは決して順風満帆ではありませんでした。 昨年10月に行われたデベロッパーとの中間報告会。チームは自信満々で「最も冷却効率が高いプラン」を提示しましたが、返ってきたのは設計担当者からの厳しい言葉でした。
「君たちの計算は正しいかもしれない。でも、これでは人が歩けないし、メンテナンスコストがかかりすぎて実現不可能だ」
彼らが提案したプランは、冷却効率を優先するあまり、歩行者の動線を遮り、商業施設の視認性を損なうものでした。「都市工学は、数字合わせではなく、人の営みをデザインすることだ」。その本質を突きつけられ、チームは一度、解散の危機に陥りました。
文理の壁を超えた「最適解」
「一番効率的な形」ではなく、「人が心地よく、かつ涼しい形」とは何か。 チームは再び振り出しに戻りました。そこから彼らが行ったのは、計算機に向かうことではなく、実際に渋谷の街に出て、人の流れを観察することでした。
「1日10時間、スクランブル交差点や宮下パークで人の動きをカウントしました。そこで見えてきたのは、人は単に最短距離を歩くのではなく、『居心地の良い滞留(溜まり)』を求めているという事実でした」(メンバーの大学院1年・サラ・ウィリアムズさん)
このフィールドワークで得た「人間行動データ」を、AIモデルに再学習させました。 風の流れを阻害せず、かつ人々が自然と集まりたくなる「植栽の配置」と、ビル壁面の素材が風速に与える影響(表面粗度)を再計算。
その結果導き出されたのが、今回採用された**「バイオ・ミミクリ(生物模倣)換気コリドー」**です。 植物の葉の並びを模した特殊なルーバーと植栽配置により、地上付近の風速を微増させ、体感温度を平均3.2度下げるシミュレーション結果が得られました。しかも、それは商業エリアの回遊性を20%向上させるという、経済的なメリットも付加されていたのです。
学生という枠を超えて
最終プレゼンテーションの日。 長谷川さんたちが提示した最終案に対し、かつて彼らを批判した設計担当者は、「これなら、渋谷の景色を変えられる」と深く頷きました。
今回採用されたアルゴリズムに基づき、2026年着工予定の広場エリアの設計が見直されることになります。 指導教員である環境都市工学部の高田教授はこう語ります。 「彼らが学んだのは、流体力学だけではありません。社会という複雑な変数の中で、諦めずに解を導き出す『粘り強さ』です。それこそが、TUSUが育てたい知性なのです」
3月、卒業シーズン。 先輩たちが巣立っていく中、長谷川さんたちのチームは既に次の課題に向かっています。それは、このシステムを目黒川流域の治水対策に応用するという、さらに壮大なプロジェクトです。
駒場の丘で生まれた小さな風が、東京という巨大な都市の熱を、静かに、しかし確実に冷まそうとしています。
(文:TUSU広報室 / 撮影:メディアアート研究会)

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