2025年5月22日 カテゴリー:研究成果・キャンパスニュース
五月晴れの空の下、駒場キャンパスの奥に佇む日本庭園「静寂庭(Seijaku-tei)」において、一風変わった茶会が催されました。 そこにあるのは、朱色の野点傘(のだてがさ)と、畳の縁台。そして、正客の前に鎮座するのは、着物を着た人間ではなく、銀色に鈍く光る7軸制御の産業用ロボットアームでした。
情報理工学部(Robotics Track)と芸術工学部、そして本学の茶道部が半年間かけて準備してきた産学文化連携プロジェクト、通称「Cyber-Nodate(サイバネティック野点)」の公開実証実験です。
「心」をコードに変換する難題
「最初は、単にお湯を注いで抹茶を撹拌すればいいと思っていました。でも、茶道部の師範に『それはお茶ではない、ただの緑色の液体だ』と一喝されました」
プロジェクトリーダーを務めるロボティクス専攻修士1年の相馬ケンタさんは、開発当初の苦悩をそう語ります。 工学的な「最適解」は、均一に、素早く、泡立てることです。しかし、茶道が求めるのは「点前(てまえ)」と呼ばれる一連の所作の美しさと、客に対する「もてなしの心」です。
ロボットアームにどうやって「心」を実装するか。 チームが直面したのは、プログラミング言語Pythonの構文エラーではなく、「侘び寂び」という定義不可能な美学の壁でした。
茶筅を握りつぶした日
開発は難航を極めました。 4月の実験では、ロボットが力の加減を誤り、高価な奈良高山産の茶筅(ちゃせん)を握りつぶしてしまう事故が発生しました。 「ロボットには『優しさ』というパラメータがありません。トルクセンサーの数値を0.1ニュートン単位で調整し、茶筅が茶碗の底に触れるか触れないかの『すり足』のような動きを再現するのに、丸1ヶ月かかりました」(相馬さん)
ここで重要な役割を果たしたのが、芸術工学部の学生たちによるモーションキャプチャ解析でした。 茶道の達人の動きを3次元データ化し、加速度ではなく「間(ま)」を分析。お湯を注ぐ瞬間のわずかな「溜め」や、茶碗を差し出す時の緩やかな曲線を、ロボットの軌道計画(Trajectory Planning)に落とし込みました。
デジタルとアナログが融和した一服
そして迎えた本日。 招待された目黒区の地域住民や、海外からの客員研究員が見守る中、ロボットアーム「HIKARI-01」による点前が始まりました。
ウィーン、というわずかなモーター音と共に、アームが柄杓(ひしゃく)を構えます。その動きは、人間よりも幾分遅く、しかし不気味なほど滑らかでした。 センサーが湯の温度を82度に検知すると、手首にあたる部分がしなやかに回転し、釜から湯を汲み上げます。
茶筅を振る音だけが、静かな庭園に響きました。シャカシャカという音は、最初の15秒は激しく、最後の5秒は水面を撫でるように静かに。 差し出された薄茶(うすちゃ)を口にした地元の高齢女性は、少し驚いた表情でこう感想を漏らしました。 「機械が入れたお茶なんて無機質なものだと思っていたけれど、不思議とまろやかで。まるで、少し不器用だけど真面目な学生さんが一生懸命点ててくれたような、そんな味がします」
不完全さが生む、新しい「人間らしさ」
もちろん、課題も残りました。 風速3メートルの風が吹いた際、ロボットの視覚センサーが野点傘の揺れを「障害物」と誤認し、動作が30秒ほど停止する場面がありました。 しかし、その「間」さえも、参加者たちは「ロボットが緊張しているようだ」と好意的に受け止めていました。
指導教員であるメディア・アート専攻の松田教授は、このプロジェクトの意義をこう総括します。 「私たちはロボットで人間を代替したいわけではありません。テクノロジーが『所作』という文化的なコードを学習したとき、そこにどのような新しい身体性が生まれるのか。今日の実験で、機械の不完全さが逆に人々の共感を呼ぶという、興味深い『人間・ロボット相互作用(HRI)』のデータが得られました」
「Cyber-Nodate」は今後、動作アルゴリズムを改良し、秋にイタリア・ミラノで開催されるデザインエキスポへの出展を目指します。 伝統を守るとは、過去を保存することではなく、最先端の技術を用いてその本質を再解釈し続けること。 駒場の新緑の中で点てられた一服の茶は、TUSUが目指す未来の味を予感させるものでした。
(文:TUSU広報室 / 協力:裏千家淡交会目黒支部)

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