2025年11月5日 カテゴリー:キャンパスライフ・認知科学研究
キャンパスの銀杏並木が鮮やかな黄金色に染まった11月1日から3日にかけて、本学の年間最大行事である「白菊祭(Shiragiku Festival)」が開催されました。 近隣住民や受験生を含め、過去最高となる延べ3万2千人の来場者を迎えた今年の学園祭。模擬店の焼きそばの香りが漂う中、南館の地下スタジオには、開場直後から異例の「180分待ち」という長蛇の列が出現しました。
人々が並んででも体験したかったもの。それは、情報理工学部の認知科学ラボと、高等部演劇部が共同で制作した実験的アトラクション「Labyrinth of the Amygdala(扁桃体の迷宮)」です。
「最も怖いタイミング」をAIが計算する
このお化け屋敷のコンセプトは、「恐怖の個人最適化」です。 従来のお化け屋敷は、誰に対しても同じタイミングで仕掛けが作動します。しかし、恐怖を感じる「間(ま)」は人によって異なります。ある人は静寂に怯え、ある人は突然の音に驚きます。
プロジェクトリーダーの大学院修士1年、大島タケルさんは、入場する客の手首に装着したウェアラブルセンサーを通じ、心拍数と皮膚電気活動(発汗)をリアルタイムで計測するシステムを構築しました。 「人間が最も恐怖を感じるのは、心拍数が上がりきった時ではなく、ふと緊張が緩んだ『弛緩(しかん)』の瞬間です。AIがそのタイミングを予測し、無線で指示を飛ばして、最適な瞬間に『脅かし』を発動させる仕組みを作りました」
この高度なシステムの裏側で、実際に「お化け」を演じたのは、高等部演劇部の生徒たちです。 彼らはインカム(無線機)から流れる「ターゲットB、心拍低下。3秒後に突入せよ」というAIの無機質な指令に従い、プロ顔負けの演技力で客を驚かせる役割を担いました。
システム遅延が生んだ「意図せぬコメディ」
しかし、初日の午前中はトラブルの連続でした。 予想以上の来場者数により、会場内のWi-Fi環境が混雑し、センサーデータからAIの指令までに約2秒のラグ(遅延)が発生してしまったのです。
その結果、何が起きたか。 客が通り過ぎ、ほっとして完全にリラックスし、次の角を曲がった後に、何もない空間に向かってお化け(高校生)が全力で飛び出すという現象が多発しました。 恐怖の絶頂であるはずの場面は、一転してシュールなコメディと化しました。出口から出てくる客は、青ざめているのではなく、お腹を抱えて笑っていました。
「最初は泣きそうになりました。僕たちの計算では、完璧な恐怖体験になるはずでしたから」 演劇部部長の高等部2年生、川上サクラさんは振り返ります。 「でも、大学生の先輩たちが必死でノートPCを叩いて、『ごめん、処理を軽量化する!予測モデルを切り替える!』と叫んでいる姿を見て、私たちもアドリブでつなごうと腹を括りました」
恐怖と笑いは、脳内では親戚?
午後になり、エンジニアチームが通信プロトコルを軽量化したことで、ラグは解消されました。 すると今度は、会場内から本物の「悲鳴」が聞こえ始めました。AIの予測精度と、高校生の演技力が噛み合った瞬間、アトラクションは本来の姿を取り戻しました。
興味深いのは、実験後に収集されたアンケートデータです。 システムが誤作動して「笑ってしまった」回と、正常に作動して「怖かった」回で、顧客満足度に有意な差がなかったのです。 これについて、指導教員の心理学専攻・バウマン准教授は次のように分析します。 「恐怖(Fear)とユーモア(Humor)は、どちらも『予測とのズレ』から生じる情動であり、脳科学的には非常に近い領域にあります。学生たちの失敗は、期せずして『緊張と緩和』というエンターテインメントの真理を実証することになりました」
祭りのあと、データは論文へ
3日間で約1,200人が体験したこのプロジェクトにより、テラバイト級の「驚愕反応データ」が蓄積されました。 これらのデータは、個人情報を伏せた上で解析され、来春の日本認知科学会で「生体信号に基づく情動予測モデル」として発表される予定です。
最終日のフィナーレ、後夜祭のステージに立った大島さんと川上さんら合同チームは、学長賞を受け取りました。 「来年は、笑いなしの、本当の恐怖をお届けします」 そう宣言した大島さんの顔は、研究者というより、悪戯好きな少年のようでした。
屋台の撤収作業が進むキャンパス。 祭りの熱気は去りましたが、TUSUの学生たちが得た「計算通りにいかない人間の面白さ」という知見は、彼らの研究の中に確かに残っています。
(文:TUSU広報室 / 写真:新聞部)

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