2025年4月18日 カテゴリー:教育カリキュラム・キャンパスライフ
新緑が目に眩しい4月の駒場キャンパス。 例年であれば、講義室でガイダンス資料をめくる新入生の姿が見られる時期ですが、今年の東京ウグイスシラギク国際大学(TUSU)の風景は少し異なっています。
2025年度より全学部1年次必修科目として導入された新カリキュラム「Komaba Field Informatics(駒場フィールド情報学)」の最初の実習が、今週行われました。この授業の目的は、キャンパスおよび隣接する駒場野公園の生態系を、最新のIoTセンサーと人間の五感の両方を使ってモニタリングし、「生物多様性のデジタルアーカイブ」を構築することです。
しかし、そのスタートは、決してスマートなものではありませんでした。
「データが取れない」という洗礼
「先生、センサーが反応しません。土がついた手で触ったからでしょうか?」 「この鳴き声、AI判定だと『ウグイス』って出るんですけど、どう聞いてもカラスですよね?」
初回のフィールドワークが行われた4月15日、キャンパス内の森(通称:シラギクの杜)からは、新入生たちの困惑した声が上がっていました。 このプロジェクトでは、学内50箇所に設置された小型のエッジAIマイクを用い、鳥の鳴き声や昆虫の羽音をリアルタイムで収集・解析します。新入生は各自のタブレット端末でそのデータを参照しながら、実際にその場所に行き、植物の生育状況や土壌の湿度を目視で確認し、データの「答え合わせ(Ground Truth)」を行う役割を担っています。
しかし、現実はシミュレーション通りにはいきません。 春の嵐が過ぎ去った直後の湿気でセンサーの一部が誤作動を起こし、膨大なノイズデータが発生しました。多くの学生が、泥だらけになりながら機器の再調整に追われることになったのです。
自然はマニュアル通りにはいかない
情報理工学部に入学したばかりの田中ミナトさんは、当初この授業に懐疑的でした。 「プログラミングを学びにきたのに、なぜ長靴を履いて泥泥にならなきゃいけないのかと正直思っていました。でも、現場に行ってみて初めて、僕たちが画面上で扱っている『綺麗なデータ』が、いかに多くのノイズ除去と、現場の物理的な苦労の上に成り立っているかを痛感しました」
授業を担当する環境生態学の佐々木教授は、この「トラブル」こそが狙いだったと語ります。 「今の学生はデジタルネイティブで、検索すればすぐに正解が出ることに慣れています。しかし、自然界にはAPIもマニュアルもありません。不確実で、汚れていて、複雑です。その『ままならなさ』を肌で感じることこそが、エンジニアにとってもアーティストにとっても、最も重要な原体験になるのです」
高等部との予期せぬ化学反応
この授業には、もう一つのユニークな仕掛けがあります。それは、併設するTUSU高等部(High School)の理数探究コースの生徒たちが、ティーチング・アシスタント(TA)として参加していることです。 普段からこの森で昆虫採集や植生調査を行っている高校生たちは、森の「先輩」です。
「大学生の皆さんはAIの使い方には詳しいけれど、シジュウカラとヤマガラの鳴き声の違いは分からないみたいです。逆に私たちは、集めたデータをどう統計処理すればいいか教えてもらっています」 高等部2年の女子生徒は、泥で汚れた大学生の先輩に、双眼鏡の使い方を教えながら誇らしげに語りました。
大学という組織の壁を超え、年齢や専攻の異なる若者たちが「森」というフィールドで対等に学び合う。そこには、一方的な講義では生まれない有機的な交流が芽生えていました。
ウグイスの初音を待って
プロジェクトの最終目標は、TUSUのシンボルでもある「ウグイス」の今年の初音(初鳴き)のパターンを、過去10年分の気象データと照らし合わせて解析することです。 誤作動していたセンサー群も、学生たちの手によって防水処理が見直され、ようやく安定稼働を始めました。
現在、キャンパスのサーバーには、毎分ギガバイト単位の「環境音」が蓄積され始めています。その中には、学生たちの笑い声や、議論する声、そして風に揺れる木々の音も含まれています。
「スマートキャンパス」とは、単にハイテク機器が並んでいる場所のことではありません。 テクノロジーを介して、人間が自然の声に耳を傾け、その複雑さを愛おしく感じる心を取り戻す場所。 泥だらけの新入生たちの背中は、TUSUが目指す新しい知性のあり方を、雄弁に物語っていました。
5月には、収集した音響データを元に、芸術工学部の学生がサウンド・インスタレーション作品を制作し、一般公開する予定です。
(文:TUSU教務部 リベラルアーツ教育センター)

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