剣道の「気」は0と1で記述できるのか 体育の日に道場で行われたAI解析実験が示した武道の深淵と限界

2025年10月14日 カテゴリー:スポーツ科学・伝統文化研究

秋雨が上がり、金木犀の香りが漂い始めた10月中旬の駒場キャンパス。 「スポーツの日」の振替休日となったこの日、普段は静寂に包まれている本学の武道場「修練館」から、裂帛(れっぱく)の気合いと竹刀が交わる音が響き渡っていました。

そこで行われていたのは、試合ではありません。情報理工学部の生体計測ラボと、創部50年の歴史を持つ体育会剣道部による共同実験プロジェクト「Digital Dojo(デジタル道場)」の最終計測会です。

彼らが挑んだ問いは、あまりにも哲学的で、かつ工学的でした。 「剣道における有効打突の条件『気剣体一致』の『気』は、センサーで検知可能か?」

「心」が見えないAIの苦悩

実験のセットアップは、見るからに異様でした。 伝統的な藍染の稽古着をまとった剣道部主将(4年・法学部)の身体には、計16個の加速度センサーと、心拍変動(HRV)を計測するウェアラブルデバイスが装着されていました。対峙するのは、同じくセンサーを装備した師範代です。

プロジェクトを主導した情報理工学部の陳(チェン)准教授は、実験の背景をこう語ります。 「AIによるスポーツ解析は、野球やサッカーでは既に実用化されています。しかし、剣道は違います。単に竹刀が当たっただけでは一本にならず、『充実した気勢』が必要とされる。この主観的とも言える『気』を数値化できなければ、武道のAI判定は不可能です」

春からの予備実験では、失敗の連続でした。 画像解析AIは、竹刀が面に当たった瞬間だけを切り取って「有効」と判定しましたが、高段者の審判は「今のは心が死んでいる」として旗を上げませんでした。 AIには、打突の瞬間の物理現象は見えていても、その前後の「攻め」や「残心(ざんしん)」が見えていなかったのです。

防具とケーブルの物理的闘争

この日の実験も、トラブルから始まりました。 激しい打ち合いの中で、主将の面の下に取り付けた呼吸センサーが汗で滑り落ち、何度も断線しました。 「先生、これじゃあ試合に集中できません。コードが気になって、どうしても動きが縮こまってしまうんです」 主将の苛立ち混じりの訴えに、エンジニアチームの学生たちは青ざめました。

「非侵襲(ひしんしゅう)」、つまり選手の邪魔をしない計測がいかに難しいか。 学生たちは急遽、予備のテーピングと3Dプリンタで出力した特製クリップを使い、休憩時間を惜しんで配線を固定し直しました。最先端の研究は、こうした泥臭い手作業に支えられています。

同期する二つの心臓

午後3時、機材トラブルを乗り越え、ようやく本格的な立会いが始まりました。 静寂の中、主将が「メェーン!」と飛び込み、師範の面を捉えます。審判役のOBが鮮やかに旗を上げました。

モニターを見ていた大学院生が、小さな声を上げました。 「来ました、シンクロです」

リアルタイムで表示された波形データには、驚くべき現象が記録されていました。 有効打突が決まる0.5秒前、主将と師範の心拍リズムが、まるで示し合わせたかのように完全に同期(カップリング)し、その直後に主将の心拍だけが急激にピークに達していたのです。 逆に、打突が当たっても審判が旗を上げなかったシーンでは、この同期現象は見られませんでした。

「気」の正体の一つは、対峙する二者の「生理的同期」にあるのではないか。 それは、古来より言われる「阿吽の呼吸」が、単なる比喩ではなく、生物学的な現象であることを示唆するデータでした。

残された「美しさ」という謎

実験後、汗を拭う主将に、解析チームは「心拍同期率98%」というデータを見せました。しかし、主将は少し困ったような顔で笑いました。 「数字ですごいと言われても、正直ピンと来ませんね。僕が感じていたのは、師範の懐(ふところ)にスッと吸い込まれるような感覚だけでしたから」

データは現象を説明できても、その瞬間に選手が感じる高揚感や、打突の美しさそのものを記述することはできません。 陳准教授もまた、謙虚に語ります。 「私たちはようやく『気』の入り口に立ったに過ぎません。AIは今日、剣道が単なる棒叩きではないことを学習しました。しかし、その奥にある精神性を理解するには、まだ長い時間がかかるでしょう」

伝統をアップデートする

この研究成果は、将来的に遠隔地での剣道指導や、審判補助システムへの応用が期待されています。 しかし、TUSUの学生たちがこの日学んだのは、そうした実利だけではありません。

自分たちが学ぶ最先端技術を使ってもなお、解明しきれない深淵な文化が自国にあるということ。そして、その文化を守り継いできた人々の身体知へのリスペクト。 秋の夕暮れ、道場に響く「ありがとうございました!」という凛とした挨拶は、データには還元できない人間の尊厳を物語っていました。

(文:TUSU広報室 / 撮影:スポーツ科学研究会)